「ドキュメンタリーは嘘をつく」(タイトルに若干偽りあり?)

「ドキュメンタリー作家たちは嘘をつく」といった塩梅。
朝っぱらか見るのはキツイような気がしたので、録画して午後鑑賞。
「あざとい」とか「分かり易過ぎる」みたいな意見があるみたいです。しかし困ったことには、たとえば今、NHK総合の「にんげんドキュメント」を流しながら書き込みしていたのだが、もう素直に、というか単純に、そこで報道される福知山線事故被害者の日常に思い入れする、という行為が困難になってしまった。カメラの内側の人間の、「泣き」にバイアスがかかった姿勢が妙に気になってしまう。
やっぱり、あれだ、ラストで、村上賢司http://d.hatena.ne.jp/MURAKEN/20060326メイキングディレクターのカメラが吉田リポーターを写し、森ディレクターのカメラがその二人を写す、その身を挺した虚構性が効いたのだろうか?
「A]「放送禁止唄」などをざっと読んで、雑駁で低回的なドキュメンタリー作家ということで、本棚の片隅にずっとしまっとけば良かった。まづいなぁ・・・

「雑駁で低回的」といったけど、露悪的に描かれていた森達也氏の「傲慢なまでの無能さ」や、「社会性より自己の感情の揺れを優先する自己撞着」は、書いたもののスタンスをみる限り、ヤラセでは無いように思った。
そういった要素は、この番組に関係した人々すべてに、多かれ少なかれあるのだが、森ディレクターがあんまり甚だしいので、まわりはフォローしなければならなくってしまった、ように見えた。

ドキュメンタリーは嘘をつく

ドキュメンタリーは嘘をつく