アルマ・コーガンさんのハスキーな歌声

先日亡くなった宮川泰さんの手による、お洒落なボサノバ・アレンジが印象的な中尾ミエさん他の「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」だが、イギリスのプレ・ビートルズ時代の歌手・アルマ・コーガンの同曲は上からなぞったような、まったく同じアレンジで、CD復刻の解説などにはこの事情が記されておらず詳しくはわからないのだが、常識的に考えて宮川氏の手柄とされる事実については保留が必要なのだろう。平たく言って、アレンジを頂いたということで・・・(←「アレンジを頂く」のが悪いと言ってるわけではないので、念のため)。
「プレ・ビートルズ時代の歌手」という表現は、CD『BRITISH BEAT before the beatles 1955〜58』による。ビートルズ誕生以前の英国ポップス・シーンにおける、ロックンロール受容を俯瞰したオムニバスで、90年代に発表されたとき話題になったので、知っている人も多いと思う。「レディ・マドンナ」のピアノのネタ元といわれる、ハンフリー・リトルトンの「バッド・ペニー・ブルース」が収録されているのが喧伝されていた。このCDでアルマ・コーガンは、カバー曲「Why Do Fools Fallin' Love」(オリジナルはドゥーワップのフランキー・ライモン&ザ・ティーンエイジャーズ) を取り上げられている。
60年代初頭の日本の歌謡界では、アルマ・コーガンは、コニー・フランシスとはいかないまでも知られた存在であり、来日もしている。その後の忘れ去られ方で、「プレ・ビートルズ時代の歌手」とラベルが貼りかえられるのもどうかとは思う。「ヒット・パレード時代の洋楽女性歌手」でしょうね。持っているベスト盤は、CDショップの期限切れ千円均一コーナーで手に入れたもので、全盛期を過ぎた、ビートルズ・カバーなどを含んだバランスの悪い内容でした。「ヘルプ」などゴージャスな4ビート調のスタイルで演奏され、これを聴く限り、あちらでの評価は「プレ・ビートルズの歌手」なのでありましょうか?(↑とは書いたもものの、今聴き直したら、だんだん蓮っ葉になる歌い方にジョン・レノンへのシンパシーとライバル心すら感じられ、余裕のある歌唱力と*1、「ひっくり返り」を多用したキュートさ*2のバランスが凄く良かった。バリー・マンもどきの大仰なバラードになった「エイト・デイズ・ア・ウィーク」とともに、ロック世代への回答とも言える。「抱きしめたい」への返歌「Hold Your Hand Out,Naughty Boy」の笑ってるような歌い方といい、最後まで現役の人でした。)〔後日追記:これは嘘。「Hold Your Hand Out,Naughty Boy」はビートルズより遥か昔、19世紀のミュージック・ホールでヒットした懐メロでありました。ならば「抱きしめたい(IWant To Hold Your Hand)」が「Hold Your Hand Out,Naughty Boy」の本歌取りなのかとも考えたけれど、……よくは分かりません。〕
彼女のハスキーな声質は、「ヒット・パレード時代の歌手」に相応しいキュートさに溢れている。わかったような、わからないような言い回しになってしまった。「ヒット・パレード時代の歌手」という括り方は、別の言い方をすると、表現された媚が「営業用」に徹底されているということだ。音楽が自己表現の藝術に変貌する以前の、「歌手はレコード業界のあやつり人形」なんて言われちゃう、自己を排除したキュートさ、という意味だ。
でもアルマ・コーガンの歌い方は、同じハスキーつながりで、ロッド・スチュワートに近い印象がある*3
「Why Do Fools Fallin' Love」について、「建て込んだ町並みからも青空は見えるんだ」という希望を歌った唄なんだ、ということを書こうとしたんだけれど、「エイト・デイズ・ア・ウィーク」と「ヘルプ」に嵌ってリピートしているので、この項はこれでお仕舞いです。済みませぬ。

*1:一節ごとに「Baby」と付け足すふざけ方

*2:最後の「Help Me,Help Me」を「へ〜るぷみぃ〜(ひ)っく」とヒーカップ唱法のはなはだしい技で決める

*3:ハスキーな声質とは、(おそらく)声帯の一部に「引っかかる部位」もしくは「引っかかる機能」があり、そこで非整数次倍音が発生して高音のへんなところが強調された声、ということなんだろう